時代 / 西暦500~1399年
交わる世界
文明のネットワーク
隊商が山と砂漠を越え、港が沿岸をつなぎ、品物、知識、信仰が社会の間を移動する。

収録した出来事
記録された年・月・日に従う時系列です。同じ年のなかでは、精度が不明な日付を後に置き、長期の過程はその始点で並べます。
アジャンター:岩壁に描かれた仏教美術
いくつかの段階を経て造られた景観のなかで、石窟、絵画、彫刻が、礼拝、居住、物語の表現を結びつけた。
テオティワカン:都市計画、記念建築、影響力
巨大な公共建築と整然と配置された都市空間が、メソアメリカ全体に及ぶ文化的影響力を支えた。
マヤの都市の文字、暦、対立
ティカルなどのマヤの都市は神殿や彫刻を施した記念碑を築き、複雑な暦、王朝政治、都市国家間の交流の中で栄えた。
ナーランダ:僧院という制度のなかの知識
居住と教育のための建物が、何世紀にもわたる組織的な学習を支え、アジアの他の仏教機関にも影響を与えた。
ヒジュラとイスラーム共同体の成立
ムハンマドと信徒たちはメッカからメディナへ移住し、そこで宗教的共同体が徐々に形をなした。その後イスラームは西アジア、さらに遠方へと広がった。
ボロブドゥール:ジャワの仏教建造物
方形の壇、円形の壇、仏塔が、ジャワにおいて仏教の思想に独特な建築の形を与えた。
平安京と日本の宮廷文化
日本は平安京に都を移し、そこで宮廷政治、仏教、文学が共に発展した。大陸の伝統を取り入れながら、地域独自の文化表現を生み出した。
カール大帝の戴冠と西ヨーロッパの帝国理念
フランク王カール大帝はローマで皇帝として戴冠した。王権と教会の協力は、中世西ヨーロッパに新たな政治的・文化的伝統を残した。
アンコールの寺院と水を生かした都市景観
クメールの支配者たちはアンコール地域に都、寺院、水管理の仕組みを築き、農業生産、王権、宗教的景観を結び付けた。
バグダードにおける翻訳と知識の創造
アッバース朝時代の学者たちは、複数の言語で蓄積された知識をアラビア語に翻訳し、医学、数学、天文学の研究をさらに進めた。
バガン:川沿いの平原に広がる寺院
エーヤワディー川沿いの王都は、寺院、仏塔、絵画、彫刻が広がる景観を残した。
キルワとスワヒリ海岸
東アフリカの港町は、アフリカ内陸の金や象牙をインド洋交易に運び、現地社会に根ざしたスワヒリの都市文化を発展させた。
カホキア:墳丘と集落のネットワーク
ミシシッピ川流域の農耕社会は大規模な土を盛り上げた建造物を築き、中心集落と周辺の村々を結びつけた。
グレート・ジンバブエとアフリカ内陸の交易
ショナ人の祖先は石壁を備えた大集落を築き、農業、牧畜、交易によって政治的中心を支え、アフリカ南部の内陸をインド洋の交流に結び付けた。
ラリベラ:岩を掘り抜いた教会
エチオピア高地の岩窟教会は、キリスト教の巡礼の中心として長く続いてきた。
ナン・マドール:太平洋の島々の石造の中心地
ポンペイ島沿岸の共同体は、玄武岩を運んで人工島や祭祀用建造物を築いた。それらはミクロネシアの複雑な政治的・宗教的組織を示している。
チンギス・ハンとモンゴルの拡大
テムジンがチンギス・ハンとして推戴された。その後のモンゴルの征服はユーラシアの政治を再編し、人、技術、物資の移動を変えた。
アオテアロアに到達したポリネシアの航海者たち
東ポリネシアの航海者たちはアオテアロアに到達し、マオリの祖先は新たな気候と生態環境の中で共同体を築いた。
ラパ・ヌイ:モアイと儀礼の景観
島の共同体は巨大な石像を彫り、儀礼用の基壇を築いて、祖先の記憶を景観のなかに目に見える形で位置づけた。
マンサ・ムーサの巡礼とマリのネットワーク
マリの支配者マンサ・ムーサの巡礼は、西アフリカの富と政治的影響力を広く知らしめ、サハラ縦断交易路の活力を際立たせた。
黒死病:交易網の中のパンデミック
ペストは海路と陸路に沿って急速に広まり、ヨーロッパ、西アジア、北アフリカの多くの社会で人口を減少させ、労働と日常生活に深い変化をもたらした。
朝鮮王朝の成立と儒教国家の形成
李成桂は高麗に代わって朝鮮王朝を建てた。王朝の交代、その後の遷都、制度の整備が重なり、朝鮮半島の政治を組み替えた。