1955年 / 南アジア・東南アジア

バンドン――アジア・アフリカ諸国が共に声を上げる

アジア・アフリカ29か国の代表がバンドンに集まり、反植民地主義、主権、協力を議論し、新独立国が世界の問題に参加しようとする意欲を表した。

バンドンのムルデカ会館の、曲線を描く白い正面
現在の様子1955年のアジア・アフリカ会議の主要会場となった、バンドンのムルデカ会館を写した2009年の写真。数十年後も保存されている会議場の建物であり、1955年に会議を行う代表者たちを写したものではない。slapers (Flickr) · Wikimedia Commons · Creative Commons Attribution 2.0 画像の出典と利用条件

記事

1955年4月、アジア・アフリカの29か国はインドネシアのバンドンで会議に参加し、政治、経済、文化の協力を話し合った。参加国は植民地主義と人種差別に反対し、主権と平和共存を強調した。各国の冷戦における立場や国内体制は異なり、会議が統一した陣営を生んだわけではない。後のアジア・アフリカ協力や非同盟運動の重要な背景となったが、それらは同一の組織ではない。

同じころ、世界では

アジアとアフリカの代表は、米ソの競争が支配する国際環境に対応し、それぞれ異なる独立の経験を共通の議題に載せた。

年代と日付の精度

1955年 記録された日付

出典が記録する年・月・日を用います。不明な月日を推定で補ってはいません。

代表地点

代表地点の座標 · -6.921°, 107.61°

座標は、記事に関連する一つの代表的な場所を示します。すべてがそこで起きたことや、歴史上の境界を示すものではありません。

参考文献

  • ユネスコ | アジア・アフリカ会議文書群の登録申請書

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